シンガポールで一番有名な日本人の目指しかた 36 【素晴らしき夜】
<はじめての方はまずは目次から!>
その夜待ち合わせ場所に現れたさくらちゃんは、
いかにも彼女らしいファンキーなパーティーファッションに身を包んでいた。
彼女のファッションポリシーのひとつは、
「シンガポールでも冬ならファー!」
常夏の国でだって、たまには少しくらい冬気分を味わいたくなるもの。
そんな時彼女は、帽子やバッグなどの小物にファーを取り入れるのだ。
この日もフカフカのファーの帽子と真っ赤なリップをアクセントに、
彼女らしいコーディネイトを楽しんでいた。
うーん、さすがさくらちゃん!
彼女はいつも、ヒトクセあるファッションをうまく着こなす。
★
会場に着いて、息をのんだ。
いつも買い物で訪れるこのショッピングモールの最上階に、
こんなに素敵な空間が設けられていたなんて!
全面ガラス張りのその場所からは、
シンガポールの夜景がパノラマで見えた。
宝石箱をひっくり返したような‥‥と言うととっても陳腐だけれど、
まさにそんな感じの景色が眼下に広がる。
高所恐怖症でもないのに、
心臓がドキドキしてたまらなかった。
会場にいる誰もがパーティー慣れしているように見えてならない。
私の緊張はピークに達していた。
緊張と興奮を鎮めようと、
ウエイターに手渡されたシャンパンをぐいと飲み干してみる。
気づくと向こう側にいるさくらちゃんが、
誰かとほがらかに挨拶を交わしているところだった。
「つばきちゃん、この方がエドウィンさん。
私たちをパーティーに招待してくださった方よ。」
エドウィンさんは笑顔がとても素敵な人だった。
すらりとした体躯にスキンヘッドという風貌から、
始めは少し近寄り難い人なのかとも思ったのだけれど、
その暖かい声を聞いた瞬間に優しい人柄が伝わって来た。
パーティーに招待していただいたお礼を言うと、
「楽しんでね」と優しく告げて、
彼はどこかに消えてしまった。
そのさりげなさがとても爽やかだった。
★
それはもう、素晴らしい夜だった。
窓の外ではシンガポールの夜景が輝き、
会場内では着飾った人々の笑顔があちこちで弾けていた。
その中でもひときわ目立って美しい女性がいた。
艶やかな着物姿も目を引くのだけれど、
それに輪をかけてひとつひとつの表情が魅力的なのだ。
あれがいわゆるオーラってやつなの?
と思った瞬間に、気づいてしまった。
あ、彼女‥‥今話題の書道家、紫舟さんだ!
皆さんももう知っている通り、私はミーハーなので、
それが紫舟さんだとわかるや否や、更に大興奮!
早速写真をお願いしに行くと、彼女は本当に気さくな方で、
快く応じてくれた。
そんな彼女の巨大な作品が映し出されているカフェの一面を眺めながら、
私は思った。
自分のクリエイティビティが形になって、
さらにそれが大勢の人に認められるって、どんな感覚なのかな?
彼女が放っていた輝きは、
きっと彼女の人生そのものが放つ輝きだったのだろう。
彼女はその夜、東北大震災からの復興への願いと想いを込めて、
その場で作品を書いた。
「底力」と書かれた大きな作品には、
彼女の愛と情熱と祈りが溢れていた。