シンガポールで一番有名な日本人の目指しかた 56 【異変】
<はじめての方はまずは目次から!>
「ダメダメダメ!
らん、もう少し左に寄って!
つばきももう少し元気に声張らないと!」
何度撮り直しただろう。
私たちはエディの大声が響く度に、言われるがまま冒頭部分を繰り返した。
その度に皆でカメラを囲んで、たった今撮ったばかりの動画を確認する。
何度目かのテイクで、相変わらず厳しい顔のエディが、ようやくOKを出した。
「うん、これでOK!」
みんな、つめていた息をフーっと吐き出し安堵する。
いつもと違うエディとの様子に戸惑いつつも、私は思った。
エディはきっと、Ninja Girlsのことを真剣に考えてくれてるんだな、って。
良いものを作りたいって気持ちの強さが、彼をそうさせるんだな、って。
★
撮影は大変だったけれど、「自分たちを変身させる」という新しい企画を、
みんなとても楽しんでいたと思う。
今回はいつもと趣向を変えて、エンドロール用に、
メンバーがそれぞれ日本語で撮影の感想を語るシーンを撮影した。
フカフカしたファーの帽子をかぶったあやさんが、
「この帽子をさくらちゃんに勧められたときは、罰ゲームかと思ったけど‥‥」
って話すシーンは、今観ても笑ってしまうんだよねぇ。笑
さすがに日本語だとやりやすくて、
4人それぞれの感想シーンも順調に撮影が終わった。
でも、頑張り屋のらんちゃんは、「エディ、最後の私のパート、
もう一回だけ撮りたいんだけどお願いしてもいい?」
って頼んでたんだ。
そういう欲がでてくるって、すごく良いことだよね。
動画を作り続けるためには、
「良いものを作りたい!」って気持ちを持つことが何より大切だから。
私たちは、この時から今まで、
ずーっとその気持ちだけで走ってきたようなもの。
だから私は、てっきりエディが快くやってくれると思っていた。
でも彼の口から出たのは、大きな溜息だった。
彼は少しうんざりしたような顔で言った。
「‥‥もういいだろ?今さっき撮ったやつで充分だよ。」
え?嘘でしょ? 私は耳を疑った。
らんちゃんは少し悲しそうに、「OK」とだけ言って、
すぐまた元のらんちゃんに戻っていたけれど、
私はエディの反応が心に引っかかって仕方がなかった。
確かにエディは何時間も撮影してくれたし、疲れているのはわかる。
それにNinja Girlsから彼にお金を払っているわけでもない。
でも、どうしてそんなに面倒くさそうな顔ができるんだろう。
ほんとはNinja Girlsの撮影なんてしたくないのかな?
でも77th streetとのコラボの話にあんなに喜んでたのにな。
もしかして疲れてたのかな?
もしかしてお腹空いてたのかな?
‥‥私は、混乱していた。
彼が撮影前半、私たちに有無を言わせないほど場を仕切っていたのは、
一体何だったんだろう?
怖くて、訊けなかった。