シンガポールで一番有名な日本人の目指しかた 69 【暴走】
電話を切ってから、ものの10分もしないうちにエディが迎えにきた。
私がおそるおそる助手席に乗り込むと、彼は
「さくらも呼んでおいでよ。家まで送ってくよ。」と言う。
なんだ。そんなに怒ってないじゃん。私の思い過ごしか‥‥少しホッとする。
ケンカは嫌い。
何事も穏便にすませたい。
よかった。帰ったら少しご機嫌をとって、最近一緒に過ごせてなかったことを謝ろう。
さくらちゃんが車に乗り込んできたのを確認して、エディは車を動かした。
「ハーイ、エディ!」
「ハーイ、さくら。ハハハ、君たち今夜はどうやらかなり飲んだみたいだね。」
「そうなのー!テンションあがっちゃった!でもね、エディ大丈夫よー!男の人がたっくさん、つばきに言い寄ってきたけど、あたしがぜーんぶ追い払っといたからー!」
その瞬間だった。
エディが、アクセルをギュイーンと踏み込んだ。
「ギャッ」
私は、ビックリしてエディのほうを見る。
彼の顔が完全にキレていた。
ちなみに沢山の男が言い寄ってきていた、っていうのは冗談。さくらちゃんが、何気なく言ったジョークがエディには伝わらなかったみたい。
エディは、普通の道路を120kmのスピードで暴走しだした。
「ちょっと!エディ!やめてよっ!危ないじゃないっっ!」
私はあまりの恐ろしさに、悲鳴のような声で、エディを止めようとした。でも彼は完全無視。
さくらちゃんも、恐怖のあまり後部座席で固まっている。
ジグザグに車線変更しながら、暴走するエディの車。何度も、前の車にぶつかりそうになった。
私が何度スピードを落としてくれるように頼んでも、彼は聞く耳を持ってくれない。
最後には私も、あー、これ、生きて帰れないな。こんなしょーもない男と、人生の最期を迎えるのか、ってかなり投げやりな気持ちになってしまうぐらいね‥‥
ラッキーなことに、私たちはなんとか生きてさくらちゃんの家に辿り着くことができた。
こんなに生きてる実感をありがたいと思ったのは初めてだったよ。自分の脚を見ると、ガクガク震えてる。
「サンキュー、エディ‥‥」
蚊の鳴くような声で、お礼を言うさくらちゃん。それすらエディは完全に無視する。
あまりの恐怖と恥ずかしさにさすがの私も、キレた。