シンガポールで一番有名な日本人の目指しかた 17 【面白いもの、見せたげる!】
<はじめての方はまず目次からどうぞ>
けたたましい着信音が、一瞬だけ夜のクラーク・キーの騒音をかき消す。
画面に映し出されていたのは、見慣れない番号。
もちろん、シンガポール国内からだ。
「誰だろう‥‥?」
知らない番号からの着信には、滅多に出ない私。
けれどシンガポール・スリングの酔いが手伝って、
この時私はためらうことなく電話にでた。
電話の向こうで男性の明るい声が響く。
「ハーイ、つばき!元気?」
★
「ハーイ!もちろん元気よ!あなたは?」
ノリ良く答えてみたものの、
声の主が誰なのかはわかっていなかった。
この男の人‥‥誰?
一生懸命、記憶を辿る。
最近、男の人に番号なんか教えたっけ?
必死で思い出そうとする私の雰囲気を察したのか、
声の主は笑いながら言った。
「僕のこと憶えてる?
エディだよ!
ほら、この前アラブストリートで会った‥‥」
「あーーー、エディ!!
もちろん憶えてるわよ!」
★
そう、あれは数週間前。
さくらちゃんとアラブストリートで遊んでいた時に、
彼女の知り合いだというその男性と確かに番号を交換した気がする。
人見知りの私がすぐに打ち解けてお喋りができるほど気さくな人で、
シーシャとフレーバーティーを楽しみながら、
お互いに長い自己紹介をした。
彼は元銀行員だと言っていたっけ。
弱冠30歳にして支店のマネージャーになるほど優秀な銀行員だったにも関わらず、
そのキャリアを捨ててフリーランスのフォトグラファーになることを選んだ、
ちょっと異色の経歴の持ち主だった。
「いきなり電話かけてくるなんてどうしたの?」
喧噪に負けないように、
私は携帯電話の向こうに向かって大声を張り上げた。
けれど彼の言葉は途切れ途切れで、
なかなか耳に届いてこない。
「ちょっと待って。よく聞こえない‥‥」
少しでも彼の声を聞き取ろうと、
私は喧騒を避けて裏路地に急いだ。
人がまばらな場所を見つけて、
もう一度携帯電話を耳に押し当てる。
「実は今、フォトシューティングの仕事がちょうど終わったとこなんだよ‥‥
‥‥で、君は何してるのかなーと思って‥‥」
少し静かな場所で聞くと、
その声には少し、
ためらいの色が滲んでいた。
すると、私の心に、純粋な好奇心がムクムクと湧いてきた。
私の今の奇妙なアゲ嬢風ゲイシャコスチュームを見たら、
彼は一体どう思うんだろう。
彼は一体何を言うんだろう。
次の瞬間、私は電話の向こうの彼に向かってこう告げていた。
「ねぇ、今からクラーク・キーに来ない?
おもしろいもの、見せたげる!」